「奈良県十津川村で家族と人生第2部をスタートさせる」トウタリング ひみつキッチン(奈良県起業家支援事業 採択者インタビューVOL.3)

トウタリング ひみつキッチン奈良県十津川村へ家族で移住し、テイクアウトのお店をはじめた小水とうたさん。起業家支援事業費補助金200万円を、工事費と調理器具の購入に活用しました。

「小水とうたの名前を聞くと、撮影現場が沸き上がる」

人の心を動かす映画やテレビドラマ。その撮影現場に欠かすことのできないピースの一つが、おいしいごはんです。スケジュール通りには進まないことが日常茶飯事の撮影現場で、オリジナリティある“大鍋料理”を振る舞う話題の料理人がいました。

小水とうたさんです。

「俳優さんや制作スタッフさんの『あれ食べたい』『これ食べたい』という声を聞いて、メニューを考えていきます。ちょっと喜ばせたい、ちょっと驚かせたいんだ。ごはんの感動がよい制作につながり、スクリーンに映し出されることがあるから」

撮影現場でのケータリングは、まさに天職でした。2008年に出版したレシピ本を開くと、反町隆史さんをはじめ、国民的俳優の名前がずらりと並んでいます。そうして24歳から約20年間営んできたケータリングでしたが、トラックに衝突される事故にあい、やむなく引退。その後、後遺症をひきずりながら地元・東京でテイクアウト専門店をかまえるも、コロナ禍や物価高騰の波が次から次へと押し寄せました。

ごはんをつくることは楽しいけれど、東京で一人で続けていくのはもう限界。一度は心身ともにぼろぼろになった小水さん。

奈良県十津川村出身の妻・知絵さんはこう提案します。「十津川で休まない?両親のところにも住めるし、わたしが働くから」。ほどなくして村内で保育士の仕事が決まり、一家で移住しました。

ところが小水さんを待ち受けていたのは、誰も想像しなかった急展開でした。

どんな事業をしていますか?

2023年3月に十津川村へ移住した小水さんは、映画の撮影現場で人気だったケータリングメニューを提供するテイクアウト専門の飲食店「 トウタリング ひみつキッチン 」を2024年9月に開業しました。

日本一広い面積に3,000人弱が暮らす十津川村での飲食店経営は、決して楽ではないと思われました。しかし、蓋を開けてみると思わぬ人気ぶり。村役場や森林組合、郵便局で働く人たちが、仕事帰りに足しげく立ち寄ってくれたのです。毎週訪れるリピーターさんも多く、その反応には家族も驚きました。

「妻の実家があるとはいえ、こんなに自分が受け入れてもらえるとは思っていませんでした」

実は、小水さんが移住した時点で、「トウタリング ひみつキッチン」のカレーを心待ちにしている村民たちがいたのです。

話は、2014年まで遡ります。はじめて十津川村を訪ねた小水さん。知絵さんとの結婚にあたり、お義父さんから一つの条件が出されます。

「折立(おりたち)地区で夏に行われる盆踊りに、毎年カレーを作りにくること」

室町時代に京都で流行った「風流(ふりゅう)踊り」の流れを引き継ぐ十津川村の盆踊りは、村民にとって特別な存在でした。その会場で、1杯100円のミニカレーを振る舞いはじめた小水さん。10年続けるうちに「折立の盆踊りでは、やたらとおいしいカレーが食べられるらしい」と村内でうわさが立つようになりました。

2024年3月に移住した当時は満身創痍で、杖をつきながら歩いていた小水さん。驚くことに、4月6日から「平谷地域交流センター いこら」での出店を開始します。「まだまだ休みたい」と内心思いつつ、午前4時から仕込みを行う小水さん。開店と同時に「トウタリング、待っていました」の行列に包まれました。客席から聞こえてくる「おいしい」の声。味を組み立て、思い通りにぴたっとはまったときの料理人としての喜び。一つひとつが、小水さんを後押しします。

それから間もない9月には、テイクアウト専門の飲食店「 トウタリング ひみつキッチン 」をオープンしました。

どうして応募したんですか?

料理だけでなく仕入れ、経理、広報…と、一人何役も行うのが飲食業経営です。

「料理をつくるのは好きだけれど、お金のことは決して得意ではなかった」という小水さんを、周りの人たちが支えていきます。

「平谷地域交流センター いこら」での出店にあたっては、お義母さんがお手伝い。また、起業に向けてサポートを行ったのは、お義父さんでした。

お義父さんは、元学校教師。十津川村役場の職員さんから奈良県起業家支援事業を紹介されました。「思いきってチャレンジしてはどうですか?」の声に背中を押されて、申請の準備を進めることに。

支援事業をどう活用しましたか?

飲食店営業をはじめる上では、消防法に定められた防火基準を満たす建造物が求められます。また、地域向けのテイクアウトだけで店舗経営が成り立つかどうかは読めない状況もありました。そこで小水さんは、冷凍真空パック商品の販売を計画しました。

起業家支援事業費補助金200万円は、冷凍真空パックに必要となる冷凍庫などの購入費および工事費として活用しました。

伴走支援はどうでしたか?

伴走支援を担当するのは、中小企業診断士で、日頃から経営者の経営相談をしている梶さんです。

経営という視点では、食材の仕入れにかかるガソリン代やプロパンガス代の高騰が悩ましいところでした。売上に占める原価率が50%と高くなるものの、お客さんが限られる環境で、営業時間や日数を増やすことには限界がありました。かといって、冷凍真空パック商品の販売に力を注ごうとすれば、体が間に合いません。

そうしたなかで1年目は店舗営業、2年目はイベント出店、3年目は通販事業という事業計画を立てた小水さんでしたが、1年目から「イベント出てくれへんか?」の声が相次ぎます。

「2024年は、十津川村にとって節目の年でした。十津川高校の160周年であり、熊野古道の世界遺産認定20周年でもありました。十津川高校の記念イベントで、160人前の料理を頼まれたんですね。それから6月と10月の花火大会、夏の盆踊りが続きます。知り合いに声をかけてもらい、奈良公園で行われるクラフトビールフェスタにも出店させてもらいました」

追い風はさらに吹きます。小水さんの関西移住を聞きつけた旧知の国民的俳優さんから連絡を受けたのです。そして、天職である撮影現場へのケータリングが再開することに。

「和歌山の南紀白浜と、京都の太秦での映画撮影に声をかけてもらったんです」

知絵さん、お義母さん、お義父さんの支えもあり、事業計画を前倒しで達成していく小水さん。伴走支援を行う梶さんにたずねます。

「相談があれば、いつでも連絡していいですか?」

梶さんからは「もちろん」という返事がかえってきました。リスタートして間もない小水さんは、自身のいい塩梅を探っている最中。「人を頼っていいんだ」という安心感は、心の支えになりました。

今後の事業展開、聞かせてください。

起業1年目は、目の前の人のニーズに応えていくことで、“ごちゃまぜ”ながら、売上目標も達成していきました。

臨機応変な姿勢は大切にしつつも、十津川村で暮らし続けていける体制を一歩ずつ組み立てようとする小水さん。

「2年目は、冷凍真空パック商品の販売を進めていきたい。これまでお世話になったみんなも、そろそろ“とうたくんの豚カレー”が食べたくなる頃では?」

一方で、不安もあります。

「体調はまだ万全ではありません。加齢による心身の変化もあります。先のことを考えると、もやーっとしてきます」

そんなときは、十津川温泉へ行くことも。ケータリングの仕事で日本各地の温泉を巡ってきた小水さんですが、かけ流しの十津川温泉は全国でも三本の指に入るといいます。近所には日帰り温泉があり、おじいさんから子どもまでが、湯船に身を浮かべています。

十津川村に移住してからは、夫婦で話す時間も増えました。徒歩圏内にカフェや居酒屋がないからこそ、お互いよく話すようになったのです。

結びに、妻の知絵さん。

「私たち、これからなんです。したいことはいろいろあると思うけど、焦らずに一つひとつ形にしていけたらな」

(編集 大越はじめ 撮影 奥田峻史/toi編集舎)